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  わたしたちは神の家族

ウジ虫を用いられた神

牧師 島 田  進

 7月第2日曜日は「部落解放の祈りの日」です。私たちの国に今なお存在する部落差別の問題を、教会の大切な宣教課題の一つとして取り組むことは、部落解放云々の問題だけではありません。障がい者差別、性差別、民族差別、子どもの人権侵害、元ハンセン病患者の人権回復、いじめの問題、ハラスメント、等々、社会の中のあらゆる差別や人権問題等にも目を向けさせられることであります。
 私たちの主イエス・キリストは、すべての人の罪を贖うために十字架で死んで復活されました。この十字架の救いから除外される人は一人もいません。今や、主の御前にすべての人は例外なく、罪の赦しを得て、平等であり自由の民となりました。これが福音です。
 私たちはこのすばらしい福音に与りました。それゆえ、「天におられる私たちの父よ、御名が崇められますように。御国が来ますように。御心が行われますように、天におけるように地の上にも(マタイ6章9~10)と祈りつつ、社会の問題から目を反らすことなく、共有して担い、主が望まれる社会や国家を築いていくことに力を注がねばなりません。
 聖書の記録です。昔、ティルスとシドンの住民たちが食料の供給を得るために、ヘロデ・アグリッパⅠ世の機嫌を取りました。ヘロデが王の服を着けて座に着き、演説すると、彼らは「神の声だ。人間の声ではない」と叫び続けました。「するとたちまち、主の天使がヘロデを撃ち倒した。神に栄光を帰さなかったからである。ヘロデは、蛆(うじ)に食い荒らされて息が絶えた」(使徒言行録12章20~23)
 ウジ虫が好きだという人はいないと思います。忌み嫌われるウジ虫です。しかしこの時、自分は神だ、絶対者だ。この国で一番偉いと思い上がるヘロデ王を倒すために、神様は、人が最も忌み嫌うウジ虫をお用いになられたのです。
 自分は神のごとく清く貴く偉い。しかし、あの人たちはウジ虫だ。汚れており、不要な存在だ。私たちが自分の考えや好き嫌い、価値観で人を見、判断していく社会はどうなるでしょうか。差別と偏見が満ち溢れ、人の貴い命を損なう世界が生じていくことでしょう。
わたしは主、あなたの神/イスラエルの聖なる神、あなたの救い主。‥‥わたしの目にあなたは価高く、貴く/わたしはあなたを愛し‥‥恐れるな。わたしはあなたと共にいる(イザヤ書4335)
 神様はすべてを愛して創られたのです。