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  わたしたちは神の家族

子どもも、老人も

牧師 島田 進 

  今年4月と8月に「幼児洗礼式」が行なわれました。幼児洗礼は、受洗する赤ちゃんは、まだ自分で信仰告白ができません。しかし、キリストの十字架の救いは、確実に我が子にも及んでいると信じる親の信仰により、また教会もそれを認めて、洗礼式が行なわれます。
 赤ちゃんや子どもを連れて礼拝に出席される方々が目立つようになり、嬉しく思います。子どもの信仰教育と訓練、また信仰の継承は、親だけに任すのでなく、教会が担うべく大切な働きです。
 教会学校では毎週、教師・リーダーの方々が、子どもたちに生けるキリストとの出会いが起こることを信じ、熱心に聖書の御言葉を語ります。生命を軽視し不品行や不道徳、不正、いじめ等がまん延する現代社会の中でも、主イエスを信じて、その御言葉で力強く生き抜いて欲しいと祈り続けて、イエス様の心で子どもたちと温かく接しておられます。
 イエスに触れていただくために、人々が子供たちを連れて来た。弟子たちはこの人々を叱った。しかし、イエスはこれを見て憤り、弟子たちに言われた。「子どもたちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである。はっきり言っておく。子供のように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない。」そして、子供たちを抱き上げ、手を置いて祝福された。(マルコ福音書101316)

 教会の老人たちは、人生の様々な苦渋を味わい、人や社会の表裏や罪悪を体験して、本当の救いや幸せ、また慰めや希望がどこにあるかを極められた貴い方々です。彼らの顔は輝き、光を放っておられます。子どもや若者が、その老人たちに接したとき、おのずと主イエスに追従する思いが芽吹くと思います。
 私は19777月にロシア正教会を訪問し交流する機会が与えられ、ソ連邦を旅しました。共産国の教会は国家の迫害や妨害を受け、そのうえに老人が多いのでソ連の教会は滅びると言われていました。しかし、子供や孫を連れて懸命に礼拝を守り、伝道していた老人の姿が今でも鮮明に残ります。それから14年後、19911225日に教会が残り、大国のソ連邦は崩壊しました。教会は今も生き生きと活動しています。
 御言葉を生きる老人と接することができるとは、信仰の継承において、なんと大きな祝福、大きな恵みでしょうか!