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  わたしたちは神の家族

養育される家族の唯一の糧

牧師 島田 進

 15171031、マルティン・ルターはカトリック教会が行なっていた免罪符販売に反対する「九十五箇条の提題」を、ヴィッテンベルクの城教会の扉に貼付しました。これを発端として「宗教改革」の運動が広がり、プロテスタント教会が誕生し、毎年、1031を「宗教改革記念日」として覚えます。
 
私たちプロテスタント教会の教義の骨子は、①善き行為でなく信仰によって救われること(信仰義認)、 ②聖書が神の言葉であり信仰と生活の規範であること(聖書中心)、 ③神の前に何人も聖俗の区別なく、祭司としての役目を平等に負っていること(万人祭司)、この三点であることをご存知と思います。他にも聖餐・聖礼典やマリア崇拝、等々、命を懸けた改革が行なわれました。 私たちは、あと5年で宗教改革500周年を迎えます。宗教改革者たちの戦いによって築かれた信仰の尊い遺産を、今の私たち、また教会は喜びをもって継承しているでしょうか。今回はキリスト者の養育、神の家族の養育というテーマで考えてみました。

 宗教改革の遺産は「聖書中心」にあります。ルターは誰もが聖書を読めるようにと、聖書を翻訳しドイツ語訳聖書・新約を15229月に、1532年には旧約全巻を完成しました。
 日本が鎖国をやめて開国すると、1859(安政6)にヘボン等が宣教のために渡って来ました。当初は神奈川のお寺で医療活動をし数万人の人々を治療しました。ヘボンの功績はそれだけにとどまらず、学校創設、聖書の翻訳も見逃せません。
 9中旬、私は日本聖書神学校図書館運用委員会に出席し、1872ヘボン訳『マルコによる福音書』と『ルカによる福音書』を購入した報告と、その原本を手にして140年前、日本人に聖書をと、翻訳に労苦されたヘボン先生の熱い思いを、しばし想像しました。
 数十人の大阪教会を43年間伝道牧会して1412の教会に育てられた宮川経輝(18571936)は、その著『牧界百話』で「信徒の養育は実に骨の折れる務めである」「信徒の養育にとって唯一の糧とは聖書であるが、これを読む人が少ない」と嘆いています。
 乳幼児の養育は一週間一日にまとめて行なわれることはありません。 毎日が養育される日です。同じように、神の家の家族の養育も、主日礼拝だけで養育されるのではなく、毎日毎日、養育されるのです。自分の目で、自分の心で、全身で、聖書を読むことによって、私たち皆が、すばらしく養育されるのです。