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 藤崎るつ記さんがフィリピンのボトランで召天されて30年。また彼女を記念した「るつ記記念基金」奨学金が創設されて30年。節目の年を迎えました。
 この記念すべき年に、神様から思いもよらない、すばらしいビッグ・プレゼントをいただきました。それは2006年から「るつ記記念基金」奨学金を、日本聖書神学校を介してシリマン大学神学生にお贈りしているのですが、大学神学部から、旅費は自己負担ですが、「どうぞ、大学に来てください」とのご招待をいただいたことでした。

毎年8月末のシリマン大学創立記念の日に全学挙げて種々の記念行事が行われるのですが、神学部の「第52回教役者大会(52nd Church Workers Convocation)」の閉会礼拝と親睦晩餐会で、「るつ記記念基金」奨学金による神学生支援に対して感謝の意を表したいとのことでした。
 今回、シリマン大学を訪問し、奨学生や多くの方々にお会いし、恵まれた交流の機会が与えられました。お伝えしたいことがたくさんありますが、その一つを記します。

 創立記念の諸行事の最初に、パレードが行われました。学園から街の中へ全学部、高校・中学が思い思いの衣装や楽器・踊りなど創意工夫をしたパレードがありました。学校が町の住民に受け入れられて、一体となっていることがよくわかりました。
 特記したいことは、このパレードの初めの各国の国旗の行進です。その中に「日の丸」を認めました。案内した神学生の話から、今まで「日の丸」は無く、今回私たちが「るつ記記念基金」奨学金支援で訪問し、初めて「日の丸」が掲げられたと言う。
 フィリピン各地に旧日本軍の暴虐、暴挙の振る舞いがありました。戦後68年を経ても人々には忘れ難い仕打ちだったのです。10年程前、日本の若い神学生たちがフィリピン研修で小さな教会を訪問しました。礼拝を守ろうとしたその時、日本人と一緒に礼拝を守れない。礼拝堂から出て行ってくれ!と怒鳴られたと聞きました。その村の人々は60年という長い間、癒し難い大きな傷を、かつての日本と日本人から受けておられたのです。

 『るっちゃんの旅立ち』英訳がシリマン大学神学生に読まれ、語り伝えられているとも聞きました。パレードで「日の丸」の旗を見ながら、主は、旧日本軍から受けたその深い傷を、るつ記さんの死と「るつ記記念基金」奨学金を用いて癒してくださっていると、私には理解させられました。
 「主が民の傷を包み 重い打ち傷をいやされる日  月の光は太陽の光になり  太陽の光は七倍になり  七つの日の光となる」(イザヤ書3026節)。