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 『日本書紀』に神武天皇即位の日は「辛酉年正月庚申朔」とあり、これを明治政府は太陽暦に換算して、紀元前660211日と定めました。そして、211日を「紀元節」とし、盛大に祝い、天皇は神の子孫で、日本は「神の国」であると、皇国史観や軍国主義を国民に植え付け、神国日本は絶対に戦争に負けないと、富国強兵への道を歩みました。
 「紀元節」は敗戦によって廃止されましたが、1957年以降、「建国記念日制定に関する法案」が何度も国会に提出され、社会党が「神武天皇即位の年月は、歴史的にも科学的にも根拠がなく、偏狭なる教育によって戦争推進に利用し、日本を誤らせたと反対し、成立しませんでした。
 しかし1966年、政府・自民党は「建国記念日」ではなく「建国記念の日」とし、211日にもこだわらないとして、この法案を可決させ、その後、戦前と同じ211日「紀元節」の日を「建国記念の日」と定めてしまいました。
 日本キリスト教団は、211日が「建国記念の日」として施行された1967年以後、211日を「信教の自由を守る日」と定めました。教会は戦前~戦中、国家権力の弾圧を恐れ、天皇を神とする国家神道を受け入れ、戦争に協力しました。その罪を悔い、『日本国憲法』20条等で、国民すべてに保障された信教の自由を守るために、国家権力が宗教に介入することや、信教の自由を侵害する動きに反対し続けています。

私たち日本国民の権利と自由を、権力者の横暴から守るために、『日本国憲法』があるのです。そして、権力者、公務員は、国民に仕える公僕・奉仕者(public servant)として、何をおいてもまず、憲法を守らねばならないのです。
 ところが権力者は、「建国記念の日」制定と同じく実に巧妙な手段で、次々と『日本国憲法』の理念を排除し、「元号法制化」、君が代、日の丸の「国歌国旗法」、「教育基本法の改定」、昨年の「秘密保護法」の制定、総理大臣の靖国神社への公式参拝や諸国・隣国との軋轢(あつれき)、憲法改定等々、大日本帝国へと先祖返りし、戦争のできる国へとなるうねりを感じます。
 『大日本帝国憲法』(明治憲法)は、中央集権政府と天皇の権力を最大限に温存し確立した憲法で、1889(明治22)211日に公布、1890(明治23)1129日に施行しました。一方、『日本国憲法』(新憲法)は、1945(昭和20)815日にポツダム宣言を受け入れて、国民主権、基本的人権の尊重、戦争放棄と武力不保持という平和主義を基本とした新憲法の制定に取り組み、翌1946(昭和21)516日の第90回帝国議会で修正を経て113日に公布、1947(昭和22)53日から施行されました。
 『大日本帝国憲法』のもと57年間に、日清戦争、日ロ戦争、満州事変、日中戦争、太平洋戦争と多くの戦を起こし、甚大な人命と財産を犠牲としました。けれども、『日本国憲法』のもと戦争の危機はありましたが、68年間、一度も戦争をしていません。このような憲法を変える必要もないし、変えてはならないのです!