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 2014年度の教会標語は、「私たちは神の家族~祈れよ、献げよ、証しせよ」ですが、私たちは祈りを大切にする神の家族であり、互いに祈り合う神の家族です。祈りの人であったイエス様に、お祈りを学んでみたいと思います。
 弟子たちと最後の晩餐をなさったイエス様は、その後に「シモン、シモン、サタンはあなたがたを、小麦のようにふるいにかけることを神に願って聞き入れられた。しかし、わたしはあなたのために、信仰が無くならないように祈った。だから、あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい」と、ペトロに言われました(ルカ福音書22:3132)
 イエス様は、この後、厳しい過酷な試練に遭わねばならないペトロを知って、彼のために祈られました。そのイエス様のお祈りとは、ペトロから「信仰が無くならないように」でした。
 私たちもペトロのように、例外なく艱難や試練に、苦難や困難な出来事に遭遇します。大きな苦しみや痛みを想像するときに、「どうぞ、苦しみに遭わせないでください。どうぞ、私から苦難や困難が無くなりますように」とお祈りします。神の家族である兄弟姉妹たちにも、私から苦難や困難が無くなるように祈ってほしいと願います。
 しかし、イエス様のお祈りは、試練や困難が無くなるようにではなく、「信仰が無くならないように」でした。
 苦難や困難が無くなって、信仰も無くしてしまったら、それこそ大変なことになります。「信仰が無くならないように」というお祈りこそ大切なのです。何故でしょうか。信仰があれば、乗り越えられない苦難・困難・試練はひとつもない!ということです。信仰があれば、たとえ倒れても立ち上がれるのです。信仰があれば、つまずいても立ち直れるのです。信仰を持って、私たちは死の彼方をも見据えて歩めるのです。信仰によって、敗北ではなく、完全な勝利の人生を勝ち取るのです。
 「信仰が無くならないように」とイエス様は祈られました。このイエス様のお祈りにお応えするべく、弟子たちにも私たちにも、祈りが求められます。信仰が無くならないようにとは、祈りが無くならないようにということです。
 神様は、いろいろなものを創造されました。神様を賛美する被造物は人間の他にもあるでしょう。しかし、創造主である神様に対して祈るのは人間だけです。そして、神様に「アッバ、父よ」と呼びかけ、「あなたは何でもおできになります。しかし、わたしが願うことでなく、あなたの御心に適うことが行なわれますように」と祈るのはキリスト者だけです。