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 Ⅰ.巻頭言


『たりほ』300号に寄せて
牧師 島田 進 

 日立教会の『たりほ』が、発行数300号を迎えるというので、200号に続いて、このたびの300号も兄姉たちの証を集めた記念誌として発行されることとなりました。300号の発行に至るまでには、編集や印刷等に献身的にご奉仕された方々のことを思い、心より感謝申し上げます。
 『たりほ』を毎月、休むことなく発行しますと1年間で僅か
12号です。5年で60号。300号を刻むには、なんと25年間を要することとなります。しかし、発行はそれよりも古く、35年前の197810月とのことです。

さて、「たりほ」200号の記念誌が発行されたのは8年前の2006416日でした。それから新たに99号分を発行し続けて、このたび300号の記念誌が発行されることになりました。
 200号発行と300号発行の間、8年間に、能登半島沖地震(2007325日、M6.9)、新潟県中越沖地震(2007716日、M6.8)、そして、私たちにはおそらく生涯忘れられない2011311日に発生した「東日本大震災(M9.0)」などの大きな地震に遭遇したことが挙げられます。
 これらの大地震は、すべて原子力発電所のそばで起こりました。相次ぐ大地震のたびに原発安全神話が揺らいでも隠し続け、ついにはあの
311大震災では、地震・津波の自然災害を上回る大きな事故を引き起こし、これから、途方もない時間と膨大な費用、そして多くの人員と知力を費やし、子子孫孫に渡って、めんめんと事故処理が続けられるのですから、ほんとうに心が痛みます。
 東日本大震災による死者・行方不明者
18,506人、そしていまだに253,958人もの大勢の方々が不便で過酷な避難生活をしておられるのです(201459日現在)。この避難住民の多くは、原発の事故による方々で、いつ帰還できるかはまったく不明です。もしかしたら、私たちも避難住民になっていたかもしれないのです。私たちはこうした方々の存在を覚えて、互いにできる手立てを尽くしてまいりましょう。

人は、災害や事故を経験して大きく変わります。ものの見方・考え方、価値観等が変えられて、人間性の深みや厚さが増したりもします。生活にも変化が起こります。相対的なものに翻弄されていた自分に気づかされたりもします。
 しかし、変わるものではなく、変わらないものを手にして、変えていいものと、絶対に変えてはいけないものとを峻別していく相対的な世界に生きて生活しているのが、私たちキリスト者です。キリスト者の存在の価値と意味とは、そこにあるのではないでしょうか。地の塩として、また、世の光として、生きていく貴い存在です。
 「実るほど 頭を垂れる 稲穂かな」という句を聞いたことがあります。
 『たりほ』を執筆する人、読む人、発行に関わる人、すべての方々が『たりほ』を通してそのような人となりたいと思います。なぜならば、私たちが愛する主、イエス様とは、まさにそのようなお方ですから。
 願わくは、『たりほ』200号にまさって、300号の各々のページから、救い主イエス様を讃え、イエス様に仕えていく喜びの声が満ち溢れますように。