本文へジャンプ
 

 イエス様の弟子たちは、悪霊に取りつかれて、ものが言えない子どもを癒すことができませんでした。自分たちの無力や不甲斐なさを覚えた弟子たちは、「なぜ、わたしたちはあの霊を追い出せなかったのでしょうか」と、ひそかにイエス様に尋ねました。イエス様は「信じる者には何でもできる」、また「祈りによらなければ決して追い出すことができないのだ」と諭されました(マルコ福音書9:1429)。
 イエス様は、信じる者とは祈る人です、と教えておられます。神様を信じイエス様を信じるから、祈るのです。そして、祈るから、たとえ無力で小さき者であっても、どんなことでもできるのです。
 ある教会に、「祈り?それが何になるか。教会はもっと行動しなければいけない!」と言う人がいました。きっとこの人は祈りがなくても何でもできる有力で立派な人に違いない。でも、神様やイエス様が生きて、今、働かれるとか、神様の恵みを知らない可哀そうな人ではないかと思いました。
 毎日、聖書を一生懸命に読み続けることがあっても、祈りがない生活を過ごしてしまわれる人々がおられます。「祈りがあれば何でもできる!」のに、とても残念です。

 私たちの日立教会に「るつ記記念基金」があります。198343日、藤崎るつ記さんのフィリピンでの事故死が発端となって基金が設立され、2013年に創設30周年を迎えました。
 1名を支援することから始められて、奨学生は、30年後の現在では、累計で106名となり、また毎年22名もの奨学生を支援する大事業に発展しております。その中には、2006年から神学生も加えられています。

2003年にるつ記記念基金創設20周年が祝われました。その頃から教会の中に、基金の働きや奨学生・元奨学生のために熱心なお祈りが献げられるようになりました。今振り返ると、この祈りが盛んになるにしたがって、支援する奨学生の数が増え、また支援先もシリマン大学神学生を支援するというように広がりました。さらには、新しく基金を支援してくださる教会や支援者も与えられました。
 るつ記記念基金は、地方の小教会のささやかな運動です。フィリピンに住む貧しい青年たちに教育費を支援する働きです。もし私たちに祈りがなければ、他のたくさんの人道支援の運動と変わらないものとなり、きっと霧散してしまったと思います。
 しかし、30年も続けて来れたのは、私たちの努力などではなく、主の恵み、主の祝福です。私たちは無力ですから、主を信じて、主に祈るしかありません。祈りの結果です。信じる者は祈ります。祈れば何でもできる!  主のこの御言葉は、真実です!